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春の嵐

いや~昨日の嵐はすごかった。

家にいるインディにはほとんど害はなく、ただ唸る風の音が怖かっただけだけど、

夫は帰宅時間がちょうど嵐のピークにぶつかって大変だったよう。

電車が止まってしまって動いている私鉄を乗り継いで帰ってきたけど

家にたどり着いたのは日付が変わってから。

通常でも1時間半はかかる通勤時間だけど昨日は実に7時間もかかってしまって

疲労困憊で帰ってきた。

でもMilkとインディの笑顔でのお出迎えと好物のアサリの味噌汁とあったかお風呂で

随分癒されたみたい♪



最近インディはちょこっと料理に凝っていて(とは言っても今まであまりにも興味がなかった

のでこれで主婦としては普通なのかも)昨日は春の料理に挑戦しておりまして蕗の煮物、筍の

土佐煮、グリンピースご飯、アサリの味噌汁を作った。作品1個1個は結構上手にできたんだけ

ど献立としてはイマイチ・・・。薄味ばかりでメリハリに欠けてた。

・・・まだまだ、でんな。

1月に母が体調を崩してご飯の支度ができなくなり、その間だけ夕飯を作って上げていたのだか

熱が上がったり下がったり、腹が下ったり便秘になったりとなかなか完治しなかったので何と

なくなし崩し的に夕飯の支度は私がすることに。

父には食べちゃいけないものがいっぱい、

母は食べさせなくちゃいけない、

インディはダイエット

と今までのダイエット献立とレパートリーではかなり無理なことが分かり、

料理本を何冊も買い込んでレシピを見ながら作っていたら

これが何と意外とおもしろい。

で、レシピを見ながらじゃないと作れないのでその本が見つけられないと

二度と作れないんだけど、一応レパートリーも増えたし献立のコツみたいのも

分かりかけてきた。

もしかしてインディは進む道を間違えたかも。簿記は天職、と思ってたけど

本当は栄養士や料理人のほうが向いていたかも?

そりゃないか。

夕食作るのにキッチンに立つのと仕事で一日中厨房で立ち仕事じゃ比べ物にならん。

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今年のお正月

皆さま、ご無沙汰しております。

服喪中のため、新年の挨拶は控えております。
昨年12月1日に病気療養中の実家の母ではなく、90歳にしてはたいへん元気だった主人の母が急逝してしまいました。
義母は25年前に食道がんを患い、十数時間に及ぶ大手術の末生還したツワモノですが、最近甲状腺に異常が見つかり近くの病院にかかっていました。投薬による治療中でしたが、薬が飲みにくかったのか忘れたのかはわかりませんが全く薬を飲んでおらず、ふらついたり転んだりということが結構多かったみたいです。前日からご飯がのどを通らないということで義兄がバナナミルクをスプーンで食べさせ家族も夕飯を済ませて散歩に出ている間に玄関で転んで転んだ拍子に吐いた物がのどに詰まり窒息したらしいのです。家にいた義兄の長男が救急車と義兄夫婦に連絡を取り地元の大学病院に運ばれましたが、意識が戻らないまま翌日の昼前に逝ってしまいました。一緒に住んでいなかったことがよかったのか義母との仲はすこぶる良く、思い返しても楽しかった思い出しか浮かんできません。喪失感はもしかしたら主人より大きいかもしれません。

1か月たった今は少し落ち着いてきました。


嫁ぎ先が喪中でも今の私はサザエさん(実親と同居)なのでまったく正月の支度をしないというわけにもいかず、主人も煮締め位は食べたいということもあり、また今年は仕事をやめてしまって暮はずっと家に居たためおせちを作ることにしました。今まで二男の嫁を決め込み、正月は両方の実家を訪問しおせちはごちそうになるもので自分で作ることはないだろうと思ってましたが、一昨年通販で買ったおせちは全部パック詰めされてスーパーで100円で売っている福神漬みたいなものばかりで幻滅し、栗きんとんや黒豆は売っているものでは量が足りないので今年は思い切っておせちの料理本を買い込み、大晦日の夜遅くまでかかって作りました。結果?黒豆以外は大成功。黒豆は砂糖を入れるタイミングが早すぎて硬くなってしまい、追加の砂糖を入れるたびに硬さが増し、捨てるほかなくなりました(ToT)。とはいえ、黒豆がなくてはおせちにならないので大晦日の夕方3度目の買い物で売っている黒豆を買ってなんとか形にしました。元旦にお雑煮を作ったあとは疲れがどーっと出てお昼に襍煮汁の残りで雑炊を食べさせたら兄弟がお年始に来る午後4時過ぎまでTVを見ながら寝てしまいました。母、義母、そして世の主婦の諸先輩方、毎年あんな大変なことをしていたなんて尊敬いたします。二十数年免れていたツケが回ってきました。
足りないと思っていた黒豆は妹が良く煮えたと言って自慢げに持ってきたものを右から左に出してオダテあげ、来年からは妹が黒豆は作ってくれることになりました。

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読書の夏?

父母の付き添いで病院の待合室で過ごす時間が増え、それに伴ってしばらく離れていた活字とまた最近付き合いが密になってきました。今は西尾維新と言う人のシリーズにはまっています。たまたまwowowで見たアニメの続編が知りたくなって探したらシリーズで10冊も出ていました。スターウォーズのような手法でアニメで真ん中の話をやったんですね。前日譚であった何かすごいことが前提で話がすすんでいて見終わった後でその前日譚がものすごく気になるんですよ。それで前日譚にあたる話を小説で読んだのですがこれがまた、放映されたアニメ以上に引き込まれてしまいまして、残りのシリーズも結局全部買ってしまいました。まだ続巻が出るらしいんですが私の性格からしてたぶん残りも買ってしまうことでしょう。まあ、主人公は高校生だし話の内容そのものは怪奇談みたいなものですが、テンポの良さとノスタルジーと作者の言葉遊びが個人的にツボにはまったというか・・・。世代的にはチョット若い子向けなんでしょう。作者が30歳という若さなのでその辺の年代の人にはかなり人気になったようです。いま5冊読み終わったところですが、遅くとも7月中には残りも読み終わってしまいそうです。

それと久しぶりに漫画にもはまっています。関西のほうでは人気のTVシリーズのようですが、私はこの漫画の存在を今年の1月までは知りませんでした。お正月の売出で偶然このキャラクターのついたTシャツを買い、それを甥っ子に指摘されたのでそれが『ワンピース』というアニメの「チョッパー」というキャラクターだということを知りました。その後、車で聞いていたラジオのDJがこの漫画を大絶賛しており、時を同じくしてフジTV系CSでそのワンピースの最初のころの再放送が始まり、本屋で総集編がでてきて環境が整ってしまったので何となく読んでいたのですがこれがまた私のツボにジャストフィットしてしまいまして・・・。

上記2作とも決してお勧めする作品というわけではないんですが、友達のために命がけでなんかする、という今まで生きてきた上でどこかに置き忘れてきてしまった気持ちを思い出させてくれたような気がします。

少し前に「逆説の日本史」の話をしましたが読み進む気力が今はまだ出ないので涼しくなってから再開しようかと思っています。

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根元からポキリ

30年間愛用していた包丁が先日ついにこんな姿に・・・
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一人暮らしをするにあたり、先輩から「包丁だけは安物買いしたらいかん。一生使えるものを買いなさい。」と言われ当時800円も出せばステンレスの普通の3徳包丁が買えた時代に会社の近くの刃物店で6千円の牛刀を清水の舞台から飛び降りたつもりで購入しました。
鋼だったため買った当初はすぐ錆びてしまい、手入れがとても大変だったのですが研げば切れ味が戻り、トマトでも肉でも力を入れずに前に滑らせればスパスパ切れる包丁で結婚後も愛用していました。
刃物店の話では鍔付きで柄の後ろのほうまで金属が入っているので丈夫で長持ちということでしたが柄のほうは腐食が進む前に定期的に取り換えなければならなかったようです。刃がぐらぐらしていた時にテープでぐるぐる巻きにして使っていたのがいけなかった。修理を頼もうとHPを探していた時に見つけ、もはや元には戻せないことを知りがっかりしました。
青春と苦楽を共にしてきた古い友を失ってしまったような気がします。
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話し合いの国

地地震が来る前にラジオで『逆説の日本史』という本の信長の天下統一の件を取り上げ、若いDJや読者が「学校では習わなかった違った見方ができて日本史に興味がわいた」というようなことを言っていたので私も興味を引かれ、ぐぐってみました。そうしたらこれがもう十何巻にも及ぶものでいっぺんに購入するには小遣いが足らないので最初の2巻だけ注文しました。まだ1巻の半分までしか読んでいませんが、筆者の考え方には賛否両論ありそうです。序論は自分の歴史学の考え方を述べていて、くどいくらいに今の歴史学がいかに間違っているかを力説していて少し辟易しましたが、聖徳太子と17条憲法について書かれているところはちょっとおもしろかったので紹介します。

日本は当時中国の影響を色濃くうけ、その頃の賢い指導者達も儒教と仏教の教えを基本に法律を作りました。17条憲法の第1条は何事も話し合いで解決すること、「以和爲貴」(和を以て貴しと為す)だったそうです。日本人の最大の長所であり、また短所でもある「話せばわかる。和を大切にし助け合う」気質はこのころから脈々と受け継がれているのだと、その本には書かれていました。(個人的な解釈あり。)今では海外の色々な価値観やものの考え方が入り、すべてがそうとは言い切れないけれど、そういうことって確かにあると今回の被災者の方の節度ある態度の報道をみてて思いました。日本の歴史に聖徳太子がいて本当に良かったと思うと同時に今の日本に聖徳太子のような指導者がいたらなあとも思ってしまいます。枝野さんは頑張ってくれているけど原発の処理も後手になってしまい、避難されている方の生活の再建のめどを早く立ててあげてほしいと思っています。

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地震だ!地震っ!!

地震だ!地震!!
今日3月11日、午後3時過ぎ、いつもの地震とはちょっと違う揺れ。
揺れの感じがゆらゆら、ぐらぐらではなくてゴゴッとかぐぐッという、力強いというのも何か変なんだけど、爆発力を秘めた小刻みな揺れの後、激しい横揺れが来て冷蔵庫や書棚の上の物がばらばらと落ちてきてテーブルの上にあったコーヒーメーカーが2mほど飛び、重い水槽の置いてある台が30cmほど前進していました。歩くのにも困難だというのはこれなんだ、と変なことに感心したりして。こうして書いている間にも大小の余震が断続的に来ています。最初の揺れが収まった後階下の両親のところへゆくと父が食器棚を必死で押さえていたのでテーブルの下に押し込んで玄関のドアを開けましたが、それ以上は何をしてよいかわからなかったというのが本当のところです。(母は公民館の陶芸サークルに行っていました。)だんなは今日は偶然代休を取っていて家にいたので助かりました。

揺れは収まったと思うとまた揺れ、と余震が続き地震発生から1時間ほど経ってから父が公民館へ母を迎えに行きました。その時母は悠然とろくろを回していたそうです。震度は5強ということでした。部屋のいたるところに積まれた本や段ボール箱は無残にも崩れ、というか蹴散らされたようになり足の踏み場もない有様。キッチンはテーブルの上の物はすべて床に落ち、というよりは飛んだという言葉のほうがあってるかもしれません。食器棚は耐震ラッチが付いているはずなのに上部に乗っていた食器のいくつかが落下し、扉を押し開けていました。幸い、被害はすでに後家さんになっているソーサーや衝動買いで出番のなかった食器が主で、お気に入りのコーヒーカップなどは1個だけで済みました。
こんなにすごい揺れの地震って生まれて初めてです。
心底恐ろしかったです。

Milkは地震が激しくなったときにトイレのある納戸に逃げ込み、その後上から物が落ちてきて扉が開かなくなって一時閉じ込められましたが救出してからは私にしがみついて震えていました。その後もしばらくひっついていましたが、今は何となく落ち着いたようでベッド下のお気に入りの場所に戻っています。

幸いライフラインは今のところ問題はないようで電気、ガス、水道は今まで通り使えています。

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あのだだっこのような国のこと

 人の注意をひく為に乱暴をする、絵にかいたような駄々っ子。
その結果、優しい友人は離れてゆき、親からキツゥイお灸をすえられちゃうんだな、これが。

なんて思っていたら読○新聞の寸評に同じようなことが。
みんな、感じることはいっしょなのね。

それにしても日本の島や哨戒艦が攻撃されたのでなくてよかった。
自国だったらこんな冷静ではいられない。

韓国は兵役があるんだそうですね。
世界のどこにいても祖国に帰って戦争に加わらなければいけないのだと
語っていた韓国人の若い男性のインタビューを聞いてすごく複雑な気持ちになりました。
韓国もどちらかというとよい印象のない国だけど祖国にいる家族も心配だ
なんて聞くとその昔家族のために戦って死んでいった日本の若者の姿とダブって
とてもイヤな気分になりました。

とりとめのない文章になってしまいましたが・・・
ひさびさにアップしました。
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あのずーずーしい国のこと

連日の腹の立つ報道で今や「中国」という文字を見ただけで血圧が急上昇するように・・・。
私は戦争絶対反対で憲法9条は世界に誇れる素晴らしい条項だとおもっていました。
私が小学5年生だったころ、米ソ冷戦の真っただ中、社会の授業で、
「日本はミサイルを作らないで車を作るので経済成長できる。ミサイルは物や人を
壊したり殺したりするだけで何も生産しない。」という先生の言葉に
みょーに納得したのを覚えています。
戦争や軍事費にお金をかけるのは無意味なことだと堅く信じていました。

でも、こういう常識では考えられないような要求をする相手に対して
もはや対話だけでことが済むものなんでしょうか?
こんなやくざのような国を相手に何も手がうてないなんてなんだかものすごく・・・。

日本固有の領土をこれからも守り続けていくために、こんな舐められた扱いをこれから先
されないように、何かしなければいけないのではないかとついつい思ってしまう
今日この頃です。
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事務所が閉鎖になりました

 ようやく仕事のめどがたって心と手が落ち着いてきたのでご報告ができるようになりました。

 実はゴールデンウイーク前に偶然パート5人のうち2人が5月末で辞めるという話があり、その一人がリーダーだったことから残りの人も辞めたいと言い出し職場そのものが事実上空中分解になりました。
決して職場内の空気が悪かったわけではなく、いえ良かったからこそバケツの底が抜けたように一気に辞めたい雰囲気が事務所全体に広がりました。  
人が辞めるとこで自分も辞めるなんて少々無責任のような気もしますが、逆にいえばパートばかりに仕事をさせ、正式な社員を置かないで責任の所在をパートにおいたことのほうが無責任です。私がパートを選ぶ時というのは自分の与えられた範囲の仕事に対して確実にこなすだけでよく、それ以上の責任を持ちたくない時です。私自身は事務所が続くのであれば後3年ぐらいはここにいて次の人たちが定着したころに辞めてもいいかとは思っていたのですがそうするには今のシフトではなくフルタイムでの勤務が必要なのでちょっと無理でした

 今回も本当であれば会長が指揮をして人を補充なりし、私たちは残務整理と引き継ぎにあたるということで事務所閉鎖にまでは追い込まれなかったと思いますが、会長は2月に自分の会社が危なくなりこちらの面倒をみられなくなったとFAXで辞表が届きそれ以来姿を見せず、その他の理事の方たちも口は出すけど手は出さず、理事会を重ねても次期会長も決められず、これといった方向性も出せないままずるずるときて、どうやらリーダーが辞めようと思ったのもそれが原因のようです。ついに私たち従業員が理事会に参加する羽目になってやっと事務所解散に向けて動き出し、総会の準備からシナリオ作りまでやらされました。そんなこんなで5月から6月にかけて残務処理やら事務所閉鎖の諸々の雑事に追いまくられ、心も体もくたくたです。ようやく6月中に閉められるメドがたったので愚痴をこぼさせていただきました。



 事務所閉鎖の連絡を組合員さんにすると、不安に思われる方やご立腹されている方も少なからずいらっしゃいましたが、引き続き社会保険労務士や税理士が今までと同金額でお世話すると説明するとほとんどの方が納得してくれました。その中で私の再就職先を心配してうちに来ないかと声をかけてくださる方もいらっしゃいました。たいへんありがたいお誘いでしたが介護でフルタイムで働けないことや勤務も不規則になりがちなことを考えると断念せざると得ませんでした。
結局、会計事務所から在宅でやってみないかとのお誘いをうけ、7月からは在宅で今まで通りお客さまの帳簿を預かってやっていくことになりました。通勤時間0のうえ、他人に迷惑かけることなく介護に時間が使えるとあってたいへんうれしい配慮でした。

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いちごとみつばち

 先日、ハウスのイチゴの受粉をミツバチを使ってやっているというニュースをやっていました。で、そのミツバチですが、養蜂家からレンタルするんだそうです。へぇ、人間がやると大変な作業も蜂にやってもらえて、もしかしたらイチゴの蜂蜜もとれるかもしれないし(おいしいかどうか分からないけど)、エコだし、いいことずくめでうまいこと考えるなーと思っていたら、今年はそのミツバチが低温のために思うように活動できてないという話でした。花粉がまんべんなく受粉されないといびつな形のイチゴになってしまうそうです。それと借りた蜂を盗んでいく輩がいるらしいんです。そのイチゴ農家は品質低下で売上は落ちるし、レンタルした蜂も弁償しなければならないしで「0」どころかマイナスになってしまったと嘆いていらっしゃいました。

ミツバチ盗んでどーすんじゃ?

ほんとに世知辛いというか、油断も隙もあったもんじゃないというか・・・。

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